乗馬のエアベストとボディプロテクター、倒れてくる馬の前で何ができるか
この記事のポイント ・約10分で読めます
- 米国の調査では、エアベストを持つ成人の約40%が毎回の騎乗で着用しています。一方でFEI医事委員会の委員長は、エアベストの効果を示すデータはほとんどないと述べています。
- 胴体のけがの多くは、駈歩で障害を越える際の落馬で起き、最初に地面に当たるのはたいてい肩や頭です。ベストが最もよく守る範囲の外側です。
- 馬の死体を落とす試験では、エアジャケットで胸の圧縮が減り、重い胸部損傷のリスク(モデル推定)は94%から81%に下がりましたが、重傷の可能性は高いままでした。
- 実際の落馬の研究ではエアベスト着用者のほうがけがが多いという結果が出ていますが、誰がベストを選ぶかで説明できる可能性があり、交絡は否定されていません。
2024年12月、米国馬術連盟(US Equestrian)は会員に、騎乗時に着ているベストについて尋ね、6,097人が回答しました。エアベストを持つ成人のうち毎回の騎乗で着ていると答えたのは約40%、フォーム製のボディプロテクターを持つ人では15%でした。エアベストを持つ人の約3分の1は、ベストが脊椎のけがを防ぐかもしれないと考えていました。2026年2月に結果が公表された際、FEI医事委員会の委員長マーク・ハート氏は「エアベストが実際にどれほど効果があるのか、最新の科学的データはほとんどない」と述べています。
この空白を埋める取り組みは始まっています。FEIは2025年6月に安全ベスト作業部会を設け、フォーム製ベストとエアベストを見直して新しい試験基準を提案することにしました。馬術用エアベストの欧州規格はまだありません。英国で売られている製品の一部はフランスの規格で試験されていますが、英国の競技団体はこれを認めておらず、英国の業界団体BETAがまとめている規格は2026年の公表が期待されています。
この記事では、フォーム製プロテクターとエアベストの仕組み、落馬が胴体に何をするのか、危険が集中するところ、実験室の試験と実際の落馬の研究で何が測定されたのか、両者がなぜ食い違うのか、そして今ある装備でどう慎重に乗るかを見ていきます。エアベストに1段落しか割かなかった乗馬のけがを扱った以前の記事より踏み込んだ内容です。
落馬は胴体に何をするのか
フォーム製のボディプロテクターは、衝撃を吸収するパネルでできたベストです。英国のBETA 2018規格は欧州規格EN 13158の要件を満たし、3つのレベルがあります。レベル1は免許を持つ騎手専用、レベル2はごく危険の少ない騎乗向け、レベル3は一般の騎乗、総合馬術、馬の世話や作業向けです。レベル3についてのBETA自身の説明は控えめで、軽い打撲を防ぎ、軟部組織のけがを減らし、「限られた数の肋骨骨折」を防ぐはずだ、というものです。
エアベストは服の上か、フォーム製プロテクターの上に着て、ランヤード(引き綱)を鞍につなぎます。人と馬が離れると、その引っ張りで炭酸ガスのカートリッジが作動します。ある研究では、作動に必要な引っ張り力は150〜593ニュートンでした。メーカーが示す膨張時間はおよそ0.06〜0.25秒です。実験室では、EN 13158はベストの裏側で測った平均最大荷重が4キロニュートン未満であれば合格としています。
最初に地面に当たる部位
2020〜2023年の米国馬術連盟の事故報告のうち、胴体のけがが疑われた例で、各部位が最初に当たった落馬の割合。最初に当たる部位は複数のことがあります。
出典:Brolin、Bonin、Stigson、IRCOBI会議(2024)。最初に当たった部位の情報があったのは、ハンター/障害296件、総合馬術33件。
このスウェーデンの研究チームは、胴体のけがが疑われる902件の報告を読み込みました。落馬はハンター/障害の92%、総合馬術の90.5%を占めました。ハンター/障害では、鎖骨を含む肩のけがが約半数、背中が38%、胸が13%でした。腕をついて体を支えていたのは落馬のわずか3%ほどです。クロスカントリーの騎乗16,940回を調べた古い研究では、193件のけがのうち31%が頭と顔で、全員がボディプロテクターを着けていました。
危険が集中するところ

胴体のけがが集中するのは、障害とスピードが重なる場面です。米国の報告では、総合馬術の落馬の77.9%、ハンター/障害の落馬の74.7%が障害で起き、ほぼすべてが駈歩でした。総合馬術の36%、ハンター/障害の25%では馬も転倒していました。総合馬術では、前方に投げ出された騎乗者が、ただずり落ちた人の3倍近くいました。最初に当たるのは、パッドのある背中ではなく頭と肩になります。
研究チームは次に、ベストが吸収するエネルギーをモデルで計算しました。横向きの落馬のシミュレーションでは、フォームが約166ジュールを吸収し、約100ミリ秒にわたって圧縮されていました。認証試験はずっと少ないエネルギーを、ずっと速く加えます。EN 13158の落錘試験でベストが受けたのは28ジュール、時間は25ミリ秒でした。これは駈歩で落ちる人の負荷よりも、蹴り(たいてい最大2キロニュートン未満・30ミリ秒未満)の負荷に近いものです。
シミュレーションの落馬と試験台の比較
コンピューターシミュレーションで、フォーム製ベストが吸収したエネルギー(ジュール)と圧縮が続いた時間(ミリ秒)。モデルによる値で、人で測ったものではありません。
出典:Brolin、Bonin、Stigson、IRCOBI会議(2024)。中くらいの体格の女性の人体モデルによるシミュレーション。
エアベストでもスピードは重要です。オートバイ用エアバッグベストの実験では、時速約40キロを超えると保護効果が落ちていました。2024年の総説は、クロスカントリーの駈歩(ギャロップ)は平均時速約44キロで、しかもオートバイの座席より高い位置から落ちると指摘しています。最悪なのは回転落馬で、馬が障害の上で宙返りし、騎乗者の上に落ちることがあります。英国総合馬術協会の研究を伝えた記事によると、2013年7月〜2014年6月にクロスカントリーで45件起き、16件で重傷、1件で死亡でした。
効果が測定されたもの

最も直接的な試験は、馬の死体を落とすものでした。英国の交通研究所(TRL)と英国総合馬術協会は、馬の死体を1.2メートルの高さから衝突試験用ダミーに落としました。ダミーは45歳男性の平均的な体格で、レベル3のプロテクターを着け、エアジャケットありとなしで比べました。ジャケットがあると胸の最大変形量は77ミリから66ミリに減り、重い胸部損傷のリスク(モデル推定)は94%から81%に下がりました。使った馬は典型的な競技馬より軽いものでした。
著者らは、どちらの条件でも重傷の可能性が高いことを率直に認めています。研究を伝えた記事は、馬が騎乗者の真上に落ちた場合、ジャケットで死亡を防げる見込みは低いとしています。実験室での落錘試験では、エアベストを重ねるとあるフォーム製ベストの衝撃低減率が79%から94%に上がりましたが、ベストは手で膨らませたものでした。フォーム製ベストのシミュレーションでも似た傾向があり、強い打撃では役立つ一方、柔らかな横向きの落馬ではほとんど差が出ませんでした。
実験室の試験とシミュレーションの結果
フォーム製プロテクターを着けた計測用ダミーに馬の死体を落とした試験(エアジャケットあり・なし)と、45歳女性の人体モデルが予測した肋骨骨折の本数。単発の試験とモデルによる値です。
出典:Hynd et al., IRCOBI会議(2016)、英国総合馬術協会の報告とMeyer et al.(2024)の要約による。Brolin、Bonin、Stigson、IRCOBI会議(2024)。
実際の落馬の研究は、逆の方向を示しています。2013〜2015年にフランスのポンパドゥールで行われたクロスカントリーの落馬の前向き研究では、エアバッグベストを着けて落ちた人の13.7%がけがをしたのに対し、着けていない人では9%でした。危険度の高いクロスカントリーの落馬87件の映像分析では、エアジャケットの着用が危険な着地と関連し、オッズは6.5倍でした。ジャケットを着けた落馬の4分の1では膨らむのが遅れ、馬と騎乗者が一緒に倒れたときにより多く起きていました。
これでエアベストが害になると証明されたわけではありません。ベストを選ぶのは騎乗者自身で、選ぶ人ほど大きな障害を跳び、速く走り、過去に落馬したことがあるのかもしれません。これを「適応による交絡」と呼びます。以前の記事で紹介した、重傷のオッズが1.7倍というFEIデータの分析でも、著者はその理由を説明するにはデータが足りないと書いています。子ども92人を対象にしたドイツのフォーム製ベストの研究も保護との関連を見いだせず、同じ問題を原因に挙げました。
実際の落馬の研究でわかったこと
落馬の観察研究。関連であって因果の証明ではありません。ベストを着ける人と着けない人は、もともと違います。
出典:Chiodetti et al.(2015)、Nylund et al.(2021)、いずれもMeyer et al.(2024)の要約による。Hessler et al.(2012)。
これらの研究をまとめた2024年のシステマティックレビューは、エアベストの研究をすべて「まずまず」か「不十分」と評価しました。このレビューの資金は業界ではなく米退役軍人省から出ています。著者らは、膨張の遅れや、ランヤードが落ち方を変える可能性など、ベストが害になりうる理由を挙げていますが、どれも仮説の段階です。反対側の材料もあります。ドイツの障害馬術選手363人の調査では、フォーム製ベストをいつも、またはよく着ける人のほうが脊椎のけがの報告が少なかったのです。
乗るのをやめることが答えではない理由

馬術界は装備を捨てるのではなく、改良しようとしています。英国競馬統括機構(BHA)は2024年10月17日から、EN 13158:2018のレベル2以上を満たすボディプロテクターを義務づけ、競馬場では2025年2月、調教騎乗では2025年6月から適用を始めました。米国馬術連盟は2023年12月から競技中のすべての落馬の報告を義務化しています。FEIの研究は落馬映像、動きのテスト、コンピューターモデルを組み合わせ、データを公開する予定です。
慎重に乗るとは、実際には次のようなことです。障害や速い運動では、BETA 2018のレベル3プロテクターを、訓練を受けた人に合わせてもらい、3〜5年ごとに交換します。強く落ちたらフォームを確かめ、30分たってもへこみが戻らなければ、その部分は保護性能を失っています。エアベストを使うなら、メーカーが別の指示をしていない限りプロテクターの上に着るタイプを選び、カートリッジを点検し、下馬の前にランヤードを外しましょう。
ベストの持ち主が信じていることとしていること
米国馬術連盟の会員調査(2024年12月、回答6,097人、主に成人のアマチュア騎乗者)。「約」の付いた値は概数として報告されたものです。
出典:US Equestrian「Safety vests in horse sports」(2026年2月)。
こうした期待は、根拠が示す範囲を超えています。米国馬術連盟自身も、ベストが重い胸部や脊椎のけがのリスクを大きく下げるという明確な根拠は今のところないとしています。どちらのベストも頭は守らないので、ヘルメットは欠かせません。それ以外の守りは、乗る側の選択で決まります。障害に向けて鍛えられ調教された馬、自分の力量に合ったコース、そして地面や馬の様子がおかしいときにスピードを落とすことです。
行動の手順
役に立つ時期の順に並べている。各項目に根拠の強さを示した:データあり 公的機関の推奨 未検証
起きる前に
その後
してはいけないこと
- ベストがあるからと速く走ったり大きな障害を跳んだりしない。重い胸部や脊椎のけがを大きく減らすという明確な根拠はまだない。 公的機関の推奨 参考文献を参照
医学的・安全上の助言ではありません。ボディプロテクターやエアベストは訓練を受けた人に合わせてもらい、競技の最新の規則に従ってください。
よくある質問
馬術用エアベストは効果がありますか?
実験室の試験では、特にフォーム製プロテクターの上に着たとき、衝撃と胸の圧縮を減らします。実際の落馬の研究ではけがの減少は示されておらず、増えたという結果もありますが、これはおそらく誰が着るかの違いによるものです。本当の効果はまだわかっていません。
エアベストはボディプロテクターの上に着るべきですか?
多くのエアベストはプロテクターの上に着るよう作られており、実験室の試験でもその組み合わせが最もよい結果でした。単独で着る前提の製品もあります。メーカーの説明と競技の規則に従ってください。
ボディプロテクターはどのレベルが必要ですか?
BETAのレベル3は、一般の騎乗、総合馬術、馬の世話や作業向けです。レベル2はごく危険の少ない騎乗向け、レベル1は免許を持つ騎手専用です。
馬が上に倒れてきたとき、エアベストで守れますか?
一部だけです。馬の死体を落とす試験では、エアジャケットで重い胸部損傷のリスク(モデル推定)が94%から81%に下がりましたが、著者らは重傷の可能性が高いままだと強調しています。
まとめ
- 米国の調査では、エアベストを持つ成人の約40%が毎回の騎乗で着用しています。一方でFEI医事委員会の委員長は、エアベストの効果を示すデータはほとんどないと述べています。
- 胴体のけがの多くは、駈歩で障害を越える際の落馬で起き、最初に地面に当たるのはたいてい肩や頭です。ベストが最もよく守る範囲の外側です。
- 馬の死体を落とす試験では、エアジャケットで胸の圧縮が減り、重い胸部損傷のリスク(モデル推定)は94%から81%に下がりましたが、重傷の可能性は高いままでした。
- 実際の落馬の研究ではエアベスト着用者のほうがけがが多いという結果が出ていますが、誰がベストを選ぶかで説明できる可能性があり、交絡は否定されていません。
- 慎重に乗ること。体に合ったBETAレベル3のボディプロテクター、認証済みのヘルメット、希望すればエアベスト、そして自分と馬の力量の範囲で乗ることです。
この記事は公表された研究の要約であり、医学的・安全上の助言ではありません。強く落馬したとき、特に胸や背中、頭を打ったときは、元気だと感じても医師の診察を受け、騎乗に戻る前に理学療法士に相談してください。ボディプロテクターやエアベストは訓練を受けた人に合わせてもらい、競技の最新の規則に従ってください。
さらに読む:エアベストのシステマティックレビューは Meyer et al., Annals of Biomedical Engineering 52(11):2916(2024)。実際の事故とベストの試験の比較は Brolin、Bonin、Stigson、IRCOBI会議(2024)。騎乗者が何を信じているかは US Equestrian「Safety vests in horse sports」(2026)。
参考文献
- Voss N. Safety vests in horse sports: what we know and what we don’t. US Equestrian, 5 February 2026.
- Keim C. FEI equestrian safety vest study aims to set the standards. The Chronicle of the Horse, 28 May 2026.
- British Equestrian Trade Association. Body protection made easy (web page, accessed October 2026).
- Horse & Rider UK. Buying guide: air jackets (web page, accessed October 2026).
- Meyer C, Gabriel F, Schrum KD, Hollis M, Short M, Gould SJ. Airbag vests in equestrian sports: is use associated with harm? Annals of Biomedical Engineering 52(11):2916–2922 (2024).
- Brolin K, Bonin S, Stigson H. Description of equestrian accidents and implications on testing of equestrian safety vests. IRCOBI Conference Proceedings, IRC-24-10 (2024).
- Whitlock MR. Injuries to riders in the cross country phase of eventing: the importance of protective equipment. British Journal of Sports Medicine 33(3):212 (1999).
- Hynd D, Muirhead M, Carroll J, Barr ARS, Clissold J. Evaluation of the effectiveness of an exemplar equestrian air jacket against crush injuries. IRCOBI Conference Proceedings, IRC-16-107, 888–895 (2016).
- Horse & Country TV. Study looks at effectiveness of air jackets (report on the TRL and British Eventing study, undated).
- Ade N, Stämpfli R, Schmitt KU. Evaluating airbag safety vests for equestrian sports. Journal of Testing and Evaluation (ASTM, published online 2015).
- Chiodetti L, Coustillas S, Bouthin B, Édouard P. Study of airbag vests in cross-country falls at Pompadour, 2013–2015 (2015), doi:10.1016/j.jts.2015.09.004; findings as summarised by Meyer et al. (2024).
- Nylund LE, Sinclair PJ, McLean AN, Cobley SP. Development of a video analysis protocol and assessment of fall characteristics in equestrian cross-country eventing (2021), doi:10.1111/sms.14037.
- Nylund LE. The characteristics of jockey and rider falls and the development of a clinical trial protocol to evaluate the effect of fall safety training on injury severity in equine sports. PhD thesis, University of Sydney (2026), hdl:2123/35465.
- Hessler C, Eckert V, Vettorazzi E, et al. Effectiveness of safety vests in pediatric horseback riding (2012), doi:10.1055/s-0032-1327621.
- Sale J. BHA sets new minimum standards for body protectors and helmets. Insider Sport, 4 October 2024.
