飲み水の有毒藻類(アオコ):研究データでわかったこと
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- シアノバクテリア(藍藻)は、肝臓や神経系を傷つける毒素を作ることがあります。
- 記録に残る最悪の事例は1996年のブラジルの透析施設で、52人の死亡がミクロシスチンによるものとされました。
- 2014年の米トレドでは約40万人が水道水を使えなくなりました。煮沸しても毒素は除去できません。
- 米国の勧告値では、ミクロシスチンは幼い子どもで1リットルあたり0.3マイクログラム、それ以外で1.6マイクログラムです。
2014年8月2日の朝、米オハイオ州トレドとその周辺に住む約40万人は、異例の指示とともに目を覚ましました。水道水を飲まないこと、煮沸もしないこと、ペットにも与えないこと。市の水源であるエリー湖でシアノバクテリアが大発生し、ミクロシスチンという肝臓毒が浄水処理後の水道水に入り込んだのです。数時間のうちに店からボトル入りの水が消えました。この勧告は8月4日まで続きました。
シアノバクテリアは藍藻(らんそう)とも呼ばれる古くからいる微生物で、ほとんどすべての湖や川にすんでいます。水温が高く、流れがなく、農地や下水からの栄養分が多いと、増殖して緑色の濃い膜(アオコ)になることがあります。種類によっては、肝臓、神経系、皮膚に影響する毒素を作ります。
この記事では、こうした毒素が飲み水を通じてどんなリスクをもたらすのか、実際にどのくらい健康被害が出ているのか、安全基準は何に基づいているのか、そして不確かさの多くが劇的な集団発生ではなく長期的な曝露にある理由を、研究データから見ていきます。記録に残る最も深刻な事例は、今も1996年のブラジルの透析施設で、汚染された水が52人の死亡に結びつけられています。
毒素の正体
シアノバクテリアはいくつかの系統の毒素を作ります。最もよく研究されているのはミクロシスチンで、肝細胞を傷つける100種類以上の類縁化合物のグループです。シリンドロスパーモプシンも主に肝臓と腎臓に影響します。アナトキシンaとサキシトキシンは神経系に作用し、アオコの水を飲んだ動物を数分で死なせることがあります。
すべてのアオコが有毒なわけではなく、同じ種類でもある湖では毒素を作り、別の湖では作らないことがあります。そのため対策が難しくなります。緑色の膜は警告のサインですが、毒素があるのか、どのくらいの濃度なのかは検査しなければわかりません。
2010年、IARC(国際がん研究機関)は、最も一般的なミクロシスチンLRを「ヒトに対して発がん性がある可能性がある(グループ2B)」に分類しました。主な根拠は、動物で肝臓の腫瘍を促進するという証拠です。
最悪の事例:1996年のカルアル
シアノバクテリアの毒素が人を死なせうることを最もはっきり示したのは、ブラジル北東部カルアルの血液透析施設です。1996年2月、この施設ではアオコが発生した貯水池からトラックで運んだ水を、十分に処理しないまま透析に使っていました。
透析患者は非常に大量の水にさらされ、その水は膜を通して直接血液に入ります。その月に治療を受けた患者131人のうち116人に、視覚障害、吐き気、嘔吐、筋力低下などの症状が出ました。100人が急性肝不全を起こし、76人が亡くなりました。Wayne Carmichael と Sandra Azevedo が率いた調査チームは患者の血液と肝組織からミクロシスチンを検出し、そのうち52人の死亡を、のちに「カルアル症候群」と呼ばれるものによるとしました。
カルアルの事例が極端なのは、曝露の経路が静脈だったためです。汚染された水を飲んだ場合に体を守る、腸や肝臓の防御を通らずに済んでしまいました。それでも、毒素が人にとって致命的になりうることは疑いの余地なく示され、ブラジルは2000年に飲料水の規制にシアノトキシンを加えました。
カルアルの透析施設での集団発生(ブラジル、1996年)
1996年2月に1つの血液透析施設で治療を受けた患者。
Carmichael WW ほか、Environmental Health Perspectives、2001年;Azevedo SMFO ほか、Toxicology、2002年。死亡者は全体で76人。
トレドと、米国初の水道水による集団発生
シアノバクテリアによる健康被害として記録されたものの大半は、浄水処理された水道水ではなく、アオコが発生した水での水泳などのレジャーによるものです。浄水処理は、ほとんどの場合、細胞もほとんどの毒素も取り除きます。
米国の飲み水に関連する集団発生が初めて報告されたのは、2017年になってからです。CDC(米国疾病予防管理センター)は2013年と2014年の水系感染症を調べ、オハイオ州で2件を記録しました。どちらもエリー湖から取水していました。2013年9月のキャロル・タウンシップでは、浄水中のミクロシスチンで約2,000人の住民が影響を受け、6人が胃腸の不調を訴えました。2014年8月のトレドでは約40万人が水道水を使えなくなり、110人が体調不良を訴えました。
トレドの事例では、多くの人が驚く点が明らかになりました。細菌による汚染と違って、毒素の問題は煮沸では解決できないのです。煮沸してもミクロシスチンは分解されず、水が蒸発することでかえって濃度が上がることがあります。だから勧告では住民に水を煮沸しないよう伝えていて、それが大きな混乱を招きました。病院、透析施設、飲食店はボトル入りの水に切り替える必要があり、州兵が市内での水の配布を手伝いました。粉ミルク用にすでに水を煮沸していた住民の中には、それを捨てるよう言われた人もいました。
市の浄水場は、取水口の真上にとどまったアオコに苦戦していました。2014年以降、トレドは設備の改良に多額の投資をし、オハイオ州は公共水道を対象にした州全体の監視・対応プログラムを導入しました。
米国の水道水によるシアノトキシンの集団発生(2013〜2014年)
CDCに報告された、シアノトキシンに関連する最初の2件の飲料水による集団発生。
| 場所 | 時期 | 影響を受けた人 | 体調不良の報告 |
|---|---|---|---|
| オハイオ州キャロル・タウンシップ | 2013年9月 | 約2,000人 | 6 |
| オハイオ州トレド | 2014年8月 | 約40万人 | 110 |
Benedict KM ほか、CDC Morbidity and Mortality Weekly Report、2017年;NPRの報道による。
安全基準は何に基づいているのか
WHO(世界保健機関)は1998年に、飲料水中のミクロシスチンLRについて1リットルあたり1マイクログラムという暫定ガイドライン値を初めて定めました。2020年の改訂では、生涯曝露の値としてこれを維持し、約2週間の曝露に対する短期の値として1リットルあたり12マイクログラムを追加しています。
ミクロシスチンLRのWHOガイドライン値
飲料水、1リットルあたりのマイクログラム。
WHO飲料水水質ガイドラインの背景文書、2020年。
2015年、米国環境保護庁(EPA)は、拘束力のある基準ではなく10日間の健康勧告値を出しました。ミクロシスチンについては、粉ミルクで育つ乳児と6歳未満の子どもで1リットルあたり0.3マイクログラム以下、それ以上の子どもと大人で1.6マイクログラム以下としています。シリンドロスパーモプシンでは、それぞれ0.7と3.0です。
幼い子どもの値が低いのは、体重のわりに多くの水を飲むからです。この値は、2018年のオレゴン州セーラムのように、影響を受けやすい人向けの勧告の根拠にもなっています。
これらの値は主に動物実験から導かれていて、種による違いや個人差を考慮して大きな安全係数がかけられています。2022年にWHO、EPA、カナダ保健省の手法をレビューした Joseph Cotruvo は、それぞれ前提が異なり、多少違う数値になるものの、どれも適切な保護を与えていると指摘しました。
米国のシアノトキシンに関する10日間の健康勧告値
飲料水1リットルあたりのマイクログラム。
| 毒素 | 乳児・6歳未満 | それ以上の子ども・大人 |
|---|---|---|
| ミクロシスチン | 0.3 | 1.6 |
| シリンドロスパーモプシン | 0.7 | 3.0 |
米国環境保護庁、飲料水健康勧告、2015年。ミクロシスチンLRのWHO生涯ガイドライン値は1リットルあたり1マイクログラム。
2018年のセーラム
2018年5月下旬、オレゴン州の州都セーラム市は、乳児、幼い子ども、高齢者、免疫が低下している人など影響を受けやすい人に、水道水を飲まないよう勧告しました。上流のノース・サンティアム川にあるデトロイト湖で発生したアオコの毒素が、EPAの幼児向け勧告値を超える濃度で浄水に達していたのです。
州知事は緊急事態を宣言し、ボトル入りの水が配布されました。夏の間、濃度の上下に応じて勧告は繰り返し出されました。オレゴン州立大学の Theo Dreher が2022年に発表した研究は原因となった種を特定し、湖の2種類のシアノバクテリアが、セーラムの水から見つかった2つの毒素、ミクロシスチンとシリンドロスパーモプシンをそれぞれ作っていたことを示しました。
セーラムの経験は、この問題がエリー湖のような農地の多い大きな湖に限らないことを思い出させるものでした。森林に囲まれた山あいの貯水池でも、暑く乾燥した夏には有毒なアオコが発生しうるのです。
アオコは悪化しているのか
シアノバクテリアは温かい水を好み、水がよどみ、肥料、家畜のふん尿、排水由来のリンや窒素が多いと最も速く増えます。Hans Paerl と Jef Huisman は、2008年にScience誌に発表し広く引用されている論文「Blooms like it hot」で、気候の温暖化はほかの藻類よりシアノバクテリアに有利に働くと論じました。
衛星データもこの懸念を裏づけています。Jeff Ho、Anna Michalak、Nima Pahlevan は2019年のNature誌で、世界の大きな湖71か所の約30年分の画像を分析しました。夏のアオコのピーク強度は、1980年代以降、68%の湖で増加していました。有意に減少した湖はごくわずかでした。
水温との関係は、予想ほど直接的ではありませんでした。温暖化の小さかった湖が、必ずしもアオコの少ない湖ではなかったのです。栄養分、降雨、湖の管理が、少なくとも水温と同じくらい重要であることを示唆しています。長期的な対策の柱が栄養分の流出削減なのも、そのためです。
1980年代以降の湖のアオコの傾向
衛星データによる、大きな湖71か所の夏のアオコのピーク強度。
Ho JC, Michalak AM, Pahlevan N, Nature, 2019.
水泳、ペット、そして監視データが示すこと
米国でシアノバクテリアによる被害の大半は、そもそも水道水によるものではありません。レジャーの際にアオコが発生した湖や川に触れることによるものです。
CDCの「One Health有害藻類ブルームシステム」は、アオコの発生と、体調を崩した人や動物について州から報告を集めています。2016〜2018年に18州が報告したのは、アオコの発生421件、人の体調不良389件、動物の体調不良413件でした。人の死亡は報告されていませんが、動物は369匹が死んでいます。被害を受けたペットはほぼすべて犬で、アオコの中で泳ぎ、水を飲み、毛についた膜をなめてしまうためです。
人では胃腸の症状が最も多く、頭痛、発熱、発疹が続きました。症例の約39%は18歳未満でした。体調を崩した人のうち医療機関で何らかの検査を受けたのは8%だけなので、実際の症例数はずっと多いと考えられます。
レジャーについての公衆衛生機関のアドバイスはシンプルです。水が緑色のペンキをこぼしたように見える、膜が浮いている、いつもと違うにおいがする。そんなときは水に入らず、ペットも入れないようにしましょう。
長期的な影響という問い
飲み水による急性のリスクは今ではかなりよくわかっていて、近代的な浄水処理がある多くの国ではまれです。難しいのは、低濃度の曝露が何年も続くと病気を引き起こすのかという問いです。
主な証拠は中国からのものです。1980〜1990年代、研究者たちは海門などの地域で原発性肝がんが多いことに気づきました。こうした地域では、多くの人が井戸ではなく池や用水路の水を飲んでいました。Yoshio Ueno らは1996年、これらの地域の池や用水路の水のサンプルの多くからミクロシスチンを検出しました。しかし、肝がんの大きな原因であるB型肝炎ウイルス感染や、カビの生えた食品に含まれるアフラトキシンもこの地域では多く、研究ではこれらの要因を切り分けられませんでした。
これとは別に、BMAAというシアノバクテリア由来の化合物をALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経変性疾患と結びつける仮説もあります。一部はグアムでの研究に基づいています。今も議論が続いていて、人での因果関係を示す証拠は弱いものです。
まとめると、長期的な影響についての証拠は示唆的ではあるものの、決定的ではありません。規制当局が大きな安全余裕をとっている理由のひとつが、この不確かさです。
研究データからは言えないこと
通常の浄水処理された水道水が、シアノトキシン中毒のよくある原因だということは示されていません。記録された飲料水による集団発生はまれで、体調不良の大半はレジャーでの接触によるものです。
少量の長期曝露ががんや神経疾患を引き起こすことは示されていません。それを示唆する研究は少なく、交絡要因が多いものです。
煮沸が役立つことは示されていません。毒素の場合、煮沸しても分解されず、濃縮されることがあります。
そして、アオコの増加を引き起こしているのが、栄養分による汚染に比べて気候変動がどの程度なのかも、決着していません。
よくある質問
Q. アオコの毒素が水道水に入ることはある?
はい、まれにあります。2014年のトレドでは、ミクロシスチンが浄水処理をすり抜け、約40万人が水を飲まないよう指示されました。
Q. 煮沸すればアオコの毒素は取り除ける?
いいえ。煮沸してもミクロシスチンは分解されず、濃縮されることがあります。だから毒素の勧告では、水を煮沸しないよう伝えています。
Q. 飲み水のミクロシスチンはどのくらいなら安全?
WHOの生涯ガイドライン値は1リットルあたり1マイクログラムです。米国EPAの10日間勧告値は、幼い子どもで0.3、それ以上の子どもと大人で1.6です。
Q. シアノトキシンで亡くなった人はいる?
最もよく記録されている死亡例は、1996年のブラジル・カルアルの透析施設で起きたものです。透析に使った水のミクロシスチンにより、52人が亡くなったとされています。
Q. アオコは増えている?
衛星データでは、世界の大きな湖71か所のうち68%で、1980年代以降、夏のアオコのピーク強度が増加しています。
まとめ
- シアノバクテリアは、肝臓や神経系を傷つける毒素を作ることがあります。
- 記録に残る最悪の事例は1996年のブラジルの透析施設で、52人の死亡がミクロシスチンによるものとされました。
- 2014年のトレドでは約40万人が水道水を使えなくなりました。煮沸しても毒素は除去できません。
- 米国の勧告値では、ミクロシスチンは幼い子どもで1リットルあたり0.3マイクログラム、それ以外で1.6マイクログラムです。
- 調査した大きな湖71か所の68%でアオコが強まっていますが、低濃度曝露の長期的な健康影響はわかっていません。
この記事は、シアノバクテリアの毒素についての公表された研究と公衆衛生ガイダンスをまとめたものです。医学的な助言ではありません。水道事業者から勧告が出たら、その指示に従ってください。また、膜が浮いていたり色が変わっていたりする水には、子どもやペットを近づけないようにしましょう。
さらに読むなら:Falconer と Humpage による「Health Risk Assessment of Cyanobacterial (Blue-green Algal) Toxins in Drinking Water」(International Journal of Environmental Research and Public Health、2005年)は、オープンアクセスで読める概説です。世界的な傾向については、Ho、Michalak、Pahlevan によるNature誌の2019年の論文が重要な研究です。
- The Devil’s Element、Dan Egan(2023年)。有毒なアオコの多くの原因となっている肥料成分、リンについてのジャーナリストによる本。トレドの水道を止めたエリー湖の危機も取り上げています。
- The Story of More、Hope Jahren(2020年)。食料とエネルギーへの人間の需要が、肥料の流出も含めて地球をどう変えてきたのかを、科学者が短くまとめた本。
- Water Always Wins、Erica Gies(2022年)。川、湖、湿地がどのように働いているのか、そしてそれに逆らう工学的な対策がなぜしばしば裏目に出るのかを描いたジャーナリストの本。
参考文献
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- Paerl HW, Huisman J. Blooms like it hot. Science, 2008;320(5872):57–58. doi:10.1126/science.1155398.
- Ho JC, Michalak AM, Pahlevan N. Widespread global increase in intense lake phytoplankton blooms since the 1980s. Nature, 2019;574(7780):667–670. doi:10.1038/s41586-019-1648-7.
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